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File 2 : 走り続ける力 エリック・ツァベル ストーリー
エリック・ツァベル(ドイツ、チームミルラム)。ツール・ド・フランスでスプリント賞の証マイヨヴェールを1996年〜2001年にかけて6年連続で獲得。ツールを含むグランツールやステージレースでの勝利は数知れない。ワンデイレースやクラシックレースにも強く、世界選手権ロードでは2004年と2006年の2度2位に輝く。ミラノ〜サンレモを4度、パリ〜ツールを3度、アムステルゴールドレース、HEWサイクラシックスをそれぞれ1度制覇。トラック競技においても6日間レースで10勝を挙げるなど、プロ入り以来の通算勝利数はゆうに200を越える。現役選手の中でもっとも高いステイタスをもつベテランは、ツール・ド・フランス2008の第7ステージで38歳の誕生日を迎える。エリック・ツァベルの走り続ける力とは?
Profile
Erik ZABEL エリック・ツァベル
1970年7月7日生まれ。ドイツ・東ベルリン出身。プロデビューは1992年。アレッサンドロ・ペタッキの退団によりリーダーとしてチームミルラムを率いる。
Interview
ツールでマイヨヴェールを1996年〜2001年にかけて6年連続で獲得
チームミルラムを率いる
ドイツの自宅のガレージには数多くの自転車が保存されているそうですね

僕は今までの自転車と並々ならぬ関係を経てきた。シーズンの終わりに、数千、数万キロをともに走った自転車を替えなきゃならないとしても、その自転車と離れたくないんだ。僕にとって、人生で長く共に過ごした物を大切に保存することはすごく重要なことなんだ。シーズンが終わると自転車をチームに返却する選手もいるけれど、僕は全部とっておくんだ。だってそれは僕の思い出になるのだから!

どのようにトレーニングプランを立てているのですか?あなたにトレーナーはいないと聞きましたが。

今まで僕にトレーナーがいたことは無いよ。若い頃、旧東ドイツでアマチュアで走っていた時を除いてはね。そのときは僕のトレーナーたちはとても多くのことを教えてくれた。だけど僕は思うんだ。プロフェッショナルになったならもうトレーナーは必要ない。プロは自立していなくちゃいけないんだ。

いつもはどのようにトレーニングしているのですか?

冬の間はいつも、1日に6時間走るのを3日間続ける。そして1日の休みをとって、また3日間走る。その繰り返しだよ。そしてシーズン中、僕をトレーニングに駆り立てるものはなんといってもレースだよ! だけどレースを走れないときは高強度の練習を組み入れているよ。

13年間のテレコム、Tモバイルのキャリアの後、チームミルラムに移ったわけですが、新しいチームメイトたちからトレーニングやレースについて学ぶことはありましたか?

イエスとも言えるし、ノーとも言えるね。イエスについては例えばインターバルトレーニングといったところはイタリア人たちの多大な影響を受けているね。またメンタリティの部分でも。ノーは、ほかの側面から見ると、僕は自転車の上にいる以上、常に同じなんだ。人のキャラクターはそう簡単には変わらないさ。

シャンゼリゼでのマイヨヴェールの表彰台では子供と一緒に壇上に上がるのがいつものことだった
プロ入りした頃から、あなたは年配の選手が若手に充分なアドバイスを与えていないことを嘆いていました。今はあなたがチームで最も年長なわけだけど、若手選手にアドバイスしているのですか?

おぉ、今はもう時代が違うよ。すべての若手選手には代理人、トレーナー、心理カウンセラーらがついていて、彼らのおかげで若手選手は何でも知っているんだよ。

しかしあなたのようなプロトンでの大きな経験をもつ選手の言葉は多大な価値を持っています。若手選手になにがしかのものをもたらすはずです。違いますか?

それは確かだよ。チームの中でも、ある若手選手たちは僕のいうことに耳を傾けている。S・シュワッガー、B・シュレーダー、C・クネース、M・シーベルグらは学ぶ欲求に満ちている。僕たちは食事の席、あるいはコーヒータイムの休息時に一緒にいて、僕は彼らにいくつかのアドバイスをするんだ。僕の話すことを彼らは喜んで聞いてくれているように思っているよ。

今ではチームミルラムの首脳陣はすべてイタリア人ですが、多く在籍するドイツ人選手とのコミュニケーションは複雑なものではないのですか?

僕個人は問題はないよ。イタリア語は少し話せるし、レース中はそんなに監督たちとディスカッションする必要も感じないしね。戦略はレース前に決まっているものだから。そして指示が必要な若手選手たちに対しては、僕がいる。僕は監督側と、ドイツ人選手をつなぐ「綱」なんだ。

近年優勝回数は確実に減ったが、常に上位にくる確実性では他の選手の比ではない
タイムトライアルに臨むツァベル。偉大な現役選手に向けられる声援はいつも大きい
現在のプロサイクリングシーンではドイツチームの活躍が目立ちますが、ドイツ自転車界はあなたのデビュー時より進歩したのではないですか?

ドイッチェテレコムのツールでの勝利、'96年のリース、そしてとりわけ'97年のウルリッヒの勝利と、僕の96年からの(6年連続)マイヨヴェール獲得はドイツでの自転車競技の人気上昇に大きく貢献したよ。ドイツ人たちはどんどんとツールに、つまり自転車競技に興味を持っていったんだ。

そこに名を連ねることに誇りがあるのではないですか?

誇り...それはたぶん違うね。むしろ幸福さ。我々自転車選手は我々の好きなことしかしていない。それはつまり自転車レースに出場するということさ。だけど確かに、僕たちが引退するときに、僕たちの残した足跡を自分の後ろに確認するというのは喜びに満ちたものだろうね。

昨年の世界選手権の2位の後、家族があなたに会える時間がそんなに無いことを不満に思っているとあなたは告白しましたが、冬の間は6日間レースに参加したりと、やはり家族とのヴァカンスに多くの時間を持っていないのではないですか?

6日間レースへの参戦はとてもよいものだ。僕はすっかり気に入っているよ。そして、2009年シーズンの後に僕は長いヴァカンスがとれるはずなんだ。だから今のところは自分の仕事に没頭する。僕の人生を豊かなものにしてくれるこの仕事に。

ツール・ド・フランスはあなたにとって最も重要なレースではないですか?

ツールは最も大きく、最も有名なレースだ。でも僕にとって最も重要なレースというのは、いつも「次に開催されるレース」のことなんだ。

2004年頃から2位が増えるようになり、勝利数が減っていますね。どう感じていますか?

それは事実で、それが僕を困らせるということもないよ。新しい世代の波−例えばトム・ボーネンのような がやってきたということさ。僕が頂点に居続けられないこと、勝利数が減っていることは当然と言えば当然。それがまた人生というものだよ。

Special Thanks:VeloMagazine/L'equipe
ツールがドイツを訪れたとき、その熱狂は本国フランス以上だった
ツァベルとチームミルラムの足元を支えるのがパナレーサーのタイヤだ
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